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そのテクノパーティーは終わらなかった
23時から開始して 朝の6時7時8時10時12時…と
36時間続くパーティーも多い
人々は現実逃避を求めている セラピーみたいなものだ
彼らはここの扉をくぐって 本当に好きな世界を探しているんだ
仕事の重圧から守られたいんだ
ストレスに耐えられないのさ
だから我を失う
もしもこれらのパーティーまで たどり着けたのなら
何か特別な事が見つかるであろう
クラブから去ったら 扉を閉じてしまう
そして残ったものは どこかが素晴らしい
メロディーをひとつも覚えていなくて
ただ満足した気持ちで また現実世界にもどるのさ
だけどカフェや公園などの ちょうどいい場所もあって
クラブから現実までの 架け橋を難なく渡れるんだ
これはベルリンにしかない感覚だ
変化は常にベルリンの歴史の中で起きたが 特に第2次世界大戦後に顕著になった
西ベルリンに住んでいれば軍に 入らなくても良いという法律があったんだ
そのため賢い人は西ベルリンの学校を 卒業すればよかったんだ
地元を離れて西ベルリンに 行けば良かったんだ
だから80年代のベルリンは非常に 政治的で特殊な街だったのさ
俺たちにはとても 強大なゲイシーンもあったし
非ベルリン出身者によるとても独創的な
アンダーグラウンドシーンもあったのさ
ベルリンは自由で芸術的な状態だったんだ
全てが可能だった 壁が崩壊したとき空気が燃えていたんだ
壁が崩壊して 西ベルリンにあった小さなシーンは
東ベルリンで 大きく空いていた場所を乗っ取った
そして彼らは自由を祝った
それは大きな歴史的事故だったんだ 誰も予期する事が出来なかった
壁が崩壊して 東ドイツが完全に未開拓だったから
人が勝手に家に入って ウェアハウスパーティーを開いたのさ
低い生活水準
事実この環境だったからこそ クラブや音楽のカルチャーが成長したんだ
基本的にこの条件が可能にさせたのさ
最初の3年間は政府が完全に コントロールできていなかったから
俺たちがやりたかった事が出来た
1990年頃の東ベルリンでは 「普通」が無かったんだ
単純に街が「普通」じゃなかったから
俺らみたいな不法占拠者は 本当の自由があった一方で
見た目が変わっていて怖がられたんだ
東ドイツでは 今まで不法占拠者がいなかったからさ
奇妙な光景だったという事だ
家にいきなり住みだして 「俺たちの家だ」と言う事も奇妙だし
俺たちの家ではやりたいように出来たんだ
警察は知らんぷりもしくは 本当に知らなくて
どうかしていたが それが91年では現実だった
その時面白かったのは パーティーがある所を探す事だった
パーティーを求めて 空っぽの街を走り回るんだ
共有する事が全てだった
人々の間は非常に フランクな雰囲気の関係で
東ベルリンでも西ベルリンでも 関係なかった
集会で音楽は 本当に大きな役割を担った
本当にワイルドだったんだ
俺がこの街に来たのはこの街の暗い態度や
土っぽさと灰色のビルに惹かれたからで
その圧倒的な刺激が今の俺を作ってくれた
不法占拠者の最盛期は90年の11月に
街から人を追い出すようになって 終わったんだ
けれど不法占拠をする姿勢は残ったのさ
90年代のベルリンのテクノの歴史全部は
90年に人々が覚えた あの姿勢無しには語れないのさ
「家を自分好みに何でも出来る」という事
Tresorの人たちはそこから アイディアやエネルギーをもらったのさ
大きくて素晴らしい空間 を見つけたことでね
俺らは街の中心で古いボートの Tresorクラブを見つけたんだ
91年に見つけたんだ
入ってみたら およそ45年間手つかずだったのさ
ピラミッドを発掘している 大冒険みたいな感覚だという事に気づいた
すぐさま特別な何かの為に あると感じたんだ
空間に変化を加えられてシンボルにもなる
東と西の子どもたちの集会での
テクノという新しい冒険の為には ぴったりだった
当時ベルリンでTresorやその他の
クラブに行っていた人たちは
「これが私たちの新しい始まり」 という感覚を抱き
その強い感情にみんなが 共感していたはずだ
Tresorはずっと違法営業だった
けどタクシー運転手は みんなTresorの場所を知っていた
住所を言う必要がなかったんだ 「Tresor」と言えば連れていってくれた
その頃は全員奇人って感じだった
そこに俺は惹かれたんだ
音楽よりもそこにいた人たちに 惹かれていたんだ
そのうち「自分しか知らない」 という感情を抱くようになり
その事で俺が特別だと思えるようになって 俺はその一部になろうとした
かつての居場所から逃げて
重たい感情を捨て去る
多くの人はその感覚を持っていた
毎日出かける事が可能だった 月火水木金土日があって
素晴らしい時代だったよ
男女やゲイ関係なく一緒に踊っていた
どんな性的指向であろうが 関係なくてただただ音楽を楽しんでいた
本来はそういう所だからさ
90年代の冒険心溢れるベルリンが消えて
今のような国際的な歓楽街に なったのがいつかは分からないが
その変化に気づいたときの事を覚えている
2004年のある日クラブに入る為に 列に並んでいたんだ
その時に周りの人々が全員違う言葉を しゃべっている事に気づいたんだ
だれもドイツ語を喋らない
最初の頃はたしか
観光客が20%ぐらいで
ほとんどのお客さんは ベルリンやドイツ出身だった
今は60%〜80%の 観光客や外国人がいるんだ
だからクラブが増えていくんだ
今はガイドブックにクラブが載っていて
最初は「すごい、ガイドブックに 載ったんだ」と喜んだが
そのうちテクノやエレクトロニックな 音楽を今まで聴いた事が無い人まで
訪れるようになったのさ
その状態であるからこの奇抜な アンダーグラウンドな環境出身の人たちと
今までクラブに来た事が無い人の 交わりが出来るんだ
だから入口で選別をするのさ
このクラブを楽しめないであろう人を 見分けなければならない
その決断を彼らの為にしてあげるんだ 雰囲気に交われないからね
経験した事が無い人の数が多すぎると クラブ内の雰囲気が死んでしまうから
今は馬鹿なお客さんを多く
対処しないといけないんだ
ただただ飲んで迷子になったり
マヨルカ島にいる感覚だったり
ドイツ人の休日みたいだったり これは低俗な観光のやり方なんだ
今のクラブは産業であって より産業らしく動くんだ
テクノはベルリンでは ビジネスになってしまっていて
俺たちはその産業の一部なんだ
もちろんベルリンはもっと プロフェッショナルになったけどね
レーベルを始めたり 会社を立ち上げたり
商品を販売したり もっとまじめになった
基本的に今まで 違法行為をやっていた人たちは
もう隠れたくないし
素晴らしい音響を欲しいけど
パーティーの度に 施工して撤去したくない
すごい事をやったらそれを確立して
合法にして生活の糧にしたくなるのさ
ある意味もっと国際的になるのは クラブ産業には良い事だと思うんだ
もちろん誇りのある本当のベルリン人は
市場を隠そうといつも努力をしているが
ベルリンでは数週間だけ おしゃれなクラブになっていたり
屋外でイベントをしたりする トレンドが見受けられるようになった
政府がクラブライフに 興味を持ち始めた今は
それらを守って宣伝して 国際的に押していこうとしている
政府から援助を受ける事が出来るし クリエーティビティが多く存在している為
観光客や特に投資家を街に呼ぶのに 積極的で街を売ろうとしている
でも俺が思うには投資家を呼ぶ為だけで 大金を街に呼ぶ為でしかない
そしてさっき言ったように大金が来た時 クラブが一番最初に抜けるしかないんだ
それでも新しいスポットを 毎週見かける
ベルリンにはまだ
隠れた場所が存在する
若者がその場所を見つけて 新しいシーンを開拓するんだ
壁があった所の溝は埋まりきっておらず
まだ発見できる場所が存在する
これらの場所は郊外ではなくて 街の中心にあるんだ
ここがRenateというクラブだ
いろんな部屋がたくさんあるんだ
普通の集合住宅ビルなんだ
見て分かるように ほとんど手つかずなんだ
ここを見つけた時に 周辺を探索してこの階に来たら
これまで見た中で最も刺激的な場所で
「ここで何かをやろう」と思ったんだ パーティーをここで始動して
楽しんだんだ
何故か分からないが Renateにはいろんな部屋があって
パーティーで迷子になってしまう所が 魅力なんだ
時には4階全部を使っていて
2〜3時間に1回部屋を変えても 飽きないんだ
雰囲気全体が くつろいだり時に隠れたりする感じで
Renateならでの特別な事なんだ
ダンジョンにようこそ
この20年のベルリンの歴史は 小説みたいだと思う
最初が素晴らしくて
空っぽから始まり
冒険である意味成熟してくるんだ
もっと難解で複雑になって来て
成功し始めてさらに多彩になってくる
時々何かが確立されると 大体つまらなくなるがここでは違った
今現在合法のクラブ全部は
違法のパーティーを始めた人達から始まり
合法になっている
つまりクラブのオーナーはみんな クラブシーンの本来の意味を知っている
人々が想像出来ないぐらい シーン全体がもっと大きなモノなんだ
俺らが23時に変なパーティーを開いて
次の日終わりだと彼らは思っている 小さな文化で小さな組織だと…
ドイツの都市が世界の注目を集める という事は珍しい事だ
ドイツにとって街が ホットな場所になるのも新しい事だ
今でもベルリンの街を歩く時に
「現在の鼓動」を感じられ 「ここで起きているんだ」と感じる
この先20年間もベルリンは 素晴らしさを保つだろうし
俺は既にここに30年間居るが
まだ人生が新鮮で新しい冒険だと 感じられている