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パキスタンの ニュースの大半はー
洪水 タリバン暗殺 自爆テロ
直接確かめるため—
飛行機でペシャーワルへ
トライバルエリアの境界 国の狭間の無法地帯だ
2006年に訪れた時は—
ダラアダムケールの ガン・マーケットを取材
[VICE創設者 スルーシュ・アルヴィ]
[ナイーム・アフリディ] ホストは州政府の儀典官 ナイーム・アフリディ
向かってきたら殺す
今回もナイームに連絡 聞くと—
パキスタン 特にペシャーワルは 闘争と原理主義の巣に
爆発 テロ 誘拐 発砲...
ここ数年 それらばかり
4年前とは大違い みな怯えてるね
テロはペシャーワルの 平和を壊した
前回と同じホテルへ
ホテルの私道だ
6ヶ月前 ここに 車が突っ込んで爆発
4年前 衝立はなくー
今は30人の武装警備隊が 敷地内に
客はオレ1人か
9.11後 米軍はタリバンを打倒
すると敗残兵は パキスタンの トライバルエリアへ
その間 実は別の タリバン・グループが誕生
それがパキスタン・タリバン 別名 テリーキ・タリバンだ
アフガンとパキスタン 両国のタリバンがー
恐怖を生んでる
国内最大の新聞社
ラヒミュラは 尊敬される記者だ
初めて タリバンをインタビュー
ビンラディンと2回面会 死ぬ直前の取材も彼が
タリバンのプロだ では中へ
アフガンとパキスタン タリバンの違いは?
パキスタンのタリバンは アフガンのに 触発されて生まれた
価値観は同じ アフガンの方が リーダー的存在
米国の圧力で パキスタン政府が 彼らに対抗するまでー
パキスタン側は 快く アフガンで戦った
その後 彼らは自国 パキスタンと戦い始めた
今や 戦場はパキスタン
この道 見覚えがある ガン・マーケットの取材でも通った
トライバルエリアは 入れない?
この辺りも もう危険だ タリバンの縄張りだから
爆弾テロも多い
タリバンが警察を狙って 爆破した検問所に向かう
トライバルエリアの境界線だ
4キロ向こうは 4年前に取材したガン・マーケット
マーケットはタリバンに占領され ここの兵隊も 日々タリバンと戦う
常に見張ってる
近寄れなくて遠方から 撃ってくることも
ここでタリバンを狙う
- この銃は?
- ドゥシャカ
ダラから?
違うが あそこのニセ物も なかなかだ!
ダラのはニセ物だと これは海外製
- ロックしてる? - ああ
ロックされてる 農夫は撃たないよ
- これはどこ産?
- ロシア
- ロケット発射装置 ここでも作ってる
- 1986年だって
1986年は重要な年だ 全ての事の始まり
ソ連のアフガニスタン 侵略の結果—
武器が残された
それ以降 カラシニコフが パキスタンで普及
タリバンの装備は 比べ物にならないほど良い
国のために 私たちは最低賃金で 敵を待ち 戦い そして死ぬ
政府の支援があったらな...
重々しい空気だ 怪しい人物は 取り調べられる
銃や爆弾を持っていないか
先日の爆発で 市場 モスク 装甲車両 警察署が全滅
50人が死亡
この防弾チョッキを着ていた 兵士は ここに埋葬された
ゾッとする
タリバンをどう思う?
オレたちを敵 異端者と 見なして反抗している
戦いで多くの兵を失った
警察は タリバンに狙われる
反イスラムの異端者で 西洋の共犯者だから
同じイスラム教徒なのに
ここを襲った連中は 何歳だった?
自爆テロ犯は 18-25歳
幸運を
そろそろ危ない時間だ
私が思うに ここの過激派にとってー
自爆テロや爆発物は 最も効果的な武器
自爆テロ犯となる若者は 限りなく増えている
重要でないターゲットにも 送り込めるぐらい
死も いとわない
あるアフガン・タリバン指揮者は テロ犯を 5000人抱えていると
彼らは洗脳で 効率的に若者を集める
以前 自爆テロ犯の育成プロ フセインという男から電話が
「若者を30分で 自爆テロ犯にできる」
「どうやって?」 「簡単さ」
欧米支持者への 怒りがあるから
パキスタンの軍隊も 然り
「我々の村が襲われている 女 子供が殺されている」
そう言って 戦士にも 自爆テロ犯にも出来ると...
彼は続けた 「キミはもう歳だがー
「30分でも一緒にいたら 自爆テロ犯にしてみせる」
自信満々に そう言ったよ
ベシャーワルでは昔 こんな タリバンの映像が出回っていた
今はボリウッドかポルノだけ そこで過激派に依頼しー
ホテルに届けてもらった
自爆テロを賛美し 処刑などを見せたビデオだ