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机の上の黄色い鉛筆を見ると
眼から脳にいろいろな情報が集まります
鉛筆の長さ 色や形
鉛筆の長さ 色や形
鉛筆の長さ 色や形
鉛筆の長さ 色や形
鉛筆までの距離などの情報です
鉛筆までの距離などの情報です
この仕組みは どうなっているのでしょう?
これを初めて科学的に考えたのが 古代ギリシャ人です
これを初めて科学的に考えたのが 古代ギリシャ人です
光や視覚について科学的な理解を 試みたのです
プラトンやピタゴラス等の ギリシャの哲学者は
プラトンやピタゴラス等の ギリシャの哲学者は
光は眼から発せられ
眼から出た小さなものが 遠くのものに届き
情報を集めてくることによって ものが見えると考えました
その後 千年もしてから
アラビアの科学者 アルハゼンが
古代のギリシャの論理は 理にかなわないと証明しました
アルハゼンの説明では 眼は情報を集めるために
何か ものを発するのではなく
単に届く光を集めているに過ぎないというのです
アルハザンの説明では
ギリシャ人の上手く説明できなかった
暗闇の説明がつくのです
実は 光を発する物体は そうあるものではありません
光を発するものは 限られていて
例えば 太陽とか 電球とかが
例えば 太陽とか 電球とかが
光源として知られています
他の見えるものは殆ど
あの机の上の鉛筆のように
光源からの光を反射しているだけで
自ら光を放っているわけではありません
鉛筆を見るとき
眼に入る光は 太陽から来たもので
何百万キロも 空っぽの宇宙を旅して
鉛筆に反射され 見る人の眼に届くのです
想像しただけですごいですね
ところで 太陽から出てくるのは いったい何なのでしょう?
それがなぜ見えるのでしょう?
原子の様な粒子なのか
それとも 池の水面にできる小波のような 波なのでしょうか?
近代の科学者は この質問の答えを
数百年に渡って 探求してきました
初期にはニュートンが
光はごく小さい 原子の様な
粒子からできていると信じ これをcorpuscles と名づけました
この考えをもとに 光の持つ特性を説明しました
例えば屈折
空気から水に光が進むとき
曲がって見えるあれです
しかし 天才でも時に間違えるのが 科学というものです
19世紀になり ニュートンのずっと後になって
科学者たちが 様々な実験を重ねた結果
光が原子の様な 粒子であることは
不可能だと分かったのです
まず 光が2方向から来て交わっても
お互い何の作用もおこしません
もし 光が粒だとしたら
A という光線と B という光線の粒の一部が
ぶつかり合い
ぶつかった粒子は いろいろな方向に 飛んでいくはずです
ぶつかった粒子は いろいろな方向に 飛んでいくはずです
でも そうはなりません
光線はお互いの光線を素通りします
これはレーザポインターと チョークの粉で簡単に実験できます
これはレーザポインターと チョークの粉で簡単に実験できます
また 光の干渉縞も波である証拠です
干渉縞とは2つの波が一箇所にあるときに起こる
特殊なパターンです
2つの物体が 池に投げ込まれ
静かな水面が乱れたときに 見られます
これと同じ事が 近くにごく小さな2つの 光源を置くことによって起こるのです
これと同じ事が 近くにごく小さな2つの 光源を置くことによって起こるのです
干渉のパターンは波である証拠です
粒子では起こらないことです
おまけに 光が波のように振る舞う事から
色の仕組みや なぜ鉛筆が黄色に見えるのかも
説明できるようになりました
では 光は波であると断言して良いかというと
そう簡単なものではないのです
20世紀になって 科学者は さらに実験を重ね
光が粒子のように振舞うということも 分かったのです
例えば 光を金属にあてると
光のエネルギーが 金属の原子に渡されますが
量子と呼ばれる とびとびの値の塊で渡されます
でも 干渉のような特性を無視するわけにはいきません
ですから この量子はニュートンの考えた
小さな硬い丸い粒とは 全く違うのです
光が粒子のようにも波のようにも振る舞うという特性から
光が粒子のようにも波のようにも振る舞うという特性から
全く新しい物理学である
量子力学が生まれました
ではもう一度 考えて見ましょう
「光って何でしょう?」
光とは私たちの日常考える
普通のものとは全く違うのです
時には粒子のように振る舞い
時には波のように振る舞うのですが
はっきり どちらとも言えないものです