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こんばんは。
この深い山奥へどのようなご用でいらしたのですか?
あ、遠くの村に住んでいらっしゃる旅人でございますか。
私は、月が大きく丸くて美しいので夜空を観賞していたとこでございます。
月よりも私が美しいだなんて...恐縮でございます。
夜が深いので泊まるとこを探しておられるのではありませぬか。
むさ苦しいですが私が旅籠を兼ねてやってる家がありますゆえに、休んで行ってください.
部屋がいくつかありますゆえに遠慮なさらず一日、泊まって行かれても大丈夫でございます。
お疲れでしょうに、さぁお入りあそばせ。
部屋を気に入っていただけるかわかりませんが。
私一人なので、気持ちを楽にして休んでください。
まぁ...眠れないのですか?
たいそうお疲れでしょうに眠れぬとは...それなら私が耳でも掃除して差しあげるのはいかがですか?
辛い道のりに科挙の心配まで重なって、眠れぬのでございますね。
楽にして差し上げますよ。
えぇ。ではこの枕に横になってあそばせ...
居心地が良くないやもしれませぬが。
長い道のりを旅して耳を掃除する暇もなっかたでしょうに、私が眠れるように手伝って差し上げます。
こちら側を先にみますね。
やはり耳垢がたいそう溜まっておられますね。
私は耳掃除がなかな上手なので信じてお任せください。
今晩、私の話相手になってくださるのはいかがですか?
雨が降って寒くなったせいか、とても寂しゅうございました。
眠られるまで、私が寝床を見守ってから行きますね。
次は反対側も見て差し上げます。
ご覧の通り、この山奥は霊的な気が強くて山道に迷いやすいとこなので、
たくさんの旅人達がうちに寄って道を尋ねたり、日が明けるまで泊まって行かれることが多いのでございます。
けれども今日の旅人は、私にとって特別なお客様でございます。
今まで999人のお客様がうちに泊まって行かれました...
お客様で千人目になるのでございます。
誠にすごいご縁でしょう...
また、反対を向いてあそばせ。
えぇ...お客様お一人お一人が私にとっては大切なので、こうやって数を数えずにはいれませんでした。
考えてみてあそばせ。
山の獣も住むようなこの深い山中で、私に会わなかったらこの寒い日に不運を免れることはできなかったでしょう。
そうやってお客様達が私のことを恩人のように思ってくださる中、私はある方をお慕いするようになったのでございます。
そして、美しい夢のような幸せな日々を過ごしました。
けれども... お慕いしていたその方が突然...命を落とされ...
私はこれまで一人で旅籠を守りながら、とても寂しく寒い夜を過ごしていました...
憚りながら...私は婚期でして、それからというもの私のご縁となる方をいつも探しておりました。
本当に...きれいな装いだなんて...ありがとうございます。華やかではありませぬが、いつも清潔に身仕舞いしておりました。
このように準備が整っていてこそ、私のご縁となるお方を喜んで迎え入れられるのでないでしょうか。
そちらこそ恰幅が良く端正なお顔立ちで、私は身の置き場に困ってしまいます。
ほぼ、お掃除が終わりましたのでもう少しだけして、そろそろ整理して差しあげますね...
誠でございますか。
私を見て運命だと思われたというのでございますか...
私もそうです...
そなたを初めて見た瞬間、少しばかり彼を忘れられました...
では、これから私は一人でいなくてもいいということでございましょうか。
また、反対を向いてあそばせ。
とても嬉しゅうございます...
ふふっ、気持ち良いですか?
少しずつ眠たくなってこられましたか。
それはようございました。
私が隣で一緒に眠ってもよろしゅうございますか?
もう、綺麗になりました。
それはそうと、辛い道のりでたいそうお疲れでしょう。
お休みになる前に私がお体を拭いて差し上げてもよろしいですか...
では少し起きてこちらにお座りください。
ほんにほれぼれとするような御身でございます。
私の指先が触れるたび、胸がどきどきしてるようですね。
あまりにも美味しそうで、これ以上我慢なりませぬ。
言いようがないほど美味しい...
心安らかにおやすみなさい。
私の千人目の男。
そなたのおかげで、ついに今日をもって私は人間になれます。
本当にありがとう。
安らかに目を閉じてあそばせ。