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熱帯、亜熱帯地域の河口に出現する森、マングローブ。
川の流れが穏やかで、潮の満ち引きにより泥質の干潟が現れるような場所に形作られる。
マングローブの中に自生する植物は、およそ百種類ほどあることが知られているが、
数の上では、オヒルギやメヒルギといったヒルギ科の植物が圧倒的に多い。
そもそも、このヒルギ科の植物が持つ不思議な能力が無ければ、マングローブが形作られることは無かったと言えるだろう。
ヒルギ科の植物の多くは、細長い鞘のような果実を実らせる。
種は鞘の中の、枝に近い部分に入っている。
一般的な植物は、種はその中に含まれている栄養分で発芽するが、
ヒルギ科の種は枝から栄養分を得て、枝に付いたまま鞘の中で発芽する。
ある程度発芽が進んだ段階で、鞘は枝から離れてゆく。
鞘が突き刺さることで、潮が満ちても流されることなく、
ヒルギは干潟の中で世代を重ね、マングローブという森を作ることができたのだ。
このような発芽の仕方を、胎生実生と呼び、ヒルギ科以外の植物では極めてまれであるし、
ヒルギ科の植物でも、根元が干潟でなければ発生しない。
ではヒルギは、どうしてそこが干潟であることが判るのだろうか。
河を遡って満ちてくる海水に含まれている塩分が関わっていることは想像に難くない。
しかしそれだけでは説明が付かないケースがある。
南大東島の大池には、世界でも極めて珍しい陸封型のオヒルギ群落がある。
この池の水は深い部分は海水だが、オヒルギ群落のある湿地帯は淡水である。
しかし、このオヒルギもまた、胎生実生を行う。
胎生実生を行うか否かは、塩分というよりも、どの程度の時間、根や幹が冠水する環境であるかがポイントになる。
大池に陸封型オヒルギ群落が存在するのは、この池が海と繋がり、干満の差で水面の高さが変わるからに他ならない。
ヒルギの根の内側には塩分を濾過する柔毛があり、
それでも取り込まれた過剰な塩分を、一枚の葉に集めるという、不思議な能力も備えている。
しかしヒルギにとってより重要なのは、干満の差による水面の変化であり、
胎生実生も満潮で泥に刺さることなく漂流する種が、遠くの土地で速やかに根付くための工夫だったのかも知れない。
マングローブには、不思議な生態系が幾つか存在するが、その多くは潮の干満というリズムから生まれている。
ヒルギもまた、干潮と満潮を計るセンサを持ち、そのリズムでマングローブという不思議な世界を作り出してきたのだ。
人類には、これほどまでに自然を計るセンサは無い。
しかし人類には、分析力という種を超えた力がある。
その分析力で自然を計り、多様で美しい地球の姿を守ること、それが人類に与えられた使命といえるだろう。